佐々木朗希の高校成績が半端ない!中学~学生時代経歴やエピソードも

ロッテの佐々木朗希選手がプロ野球28年ぶりの完全試合を達成したとして話題となっています。

初回から奪3振を華麗に続け、13者連続3振と64年ぶりに日本記録を更新しました。

そんな話題の佐々木朗希選手、高校や中学時代どんな成績を収めてきたのでしょうか。

今回は佐々木朗希選手の過去の成績や高校・中学など学生時代の経歴について調査してみました。

佐々木朗希選手の高校時代の成績

高校1年生の大会ではピッチャーとして147kmをマーク

2年生の夏には154kmと約10kmものスピードアップを実現。

2年生の秋には157kmを記録しています。

2年生の過去最高記録は157kmですので、同じ数値をたたき出していますね。

また、高校日本代表候補の合宿の際には163kmものスピードガンを記録しています。

この時点では大谷翔平さんの記録を超えていたため、令和の怪物とまで騒がれていました。

引用:週刊ベースボールオンライン



佐々木朗希選手の高校時代のエピソード

高校時代、すでに令和の怪物と噂されていた佐々木朗希選手。

しかし実は高校時代には重たい経験をしていました。

佐々木朗希選手の最後の甲子園、当時の監督はピッチャーでもバッターでも佐々木朗希選手を起用しませんでした。

監督の目的は、今後の佐々木朗希選手の将来を考えての温存とのこと。

しかし、甲子園は敗退。

「佐々木朗希選手が出場していれば勝ったかもしれない」「高校時代最後の華舞台なのに」と佐々木朗希選手を起用しなかったことは世間から大バッシングを浴びていました

賛否両論が渦巻くなかで佐々木朗希選手は多くを語らず、表情にも見せずとても大人な対応をされていました。

高校時代では令和の怪物と言われてきた佐々木朗希選手ですが、中学の頃はどのような成績を収められていたのでしょうか。

佐々木朗希選手の中学時代の成績は?

佐々木朗希選手の中学時代の成績

佐々木朗希選手は中学時代にはすでに140kmもの速い球を投げていました。

佐々木朗希選手の出身中学は、大船渡市立第1中学校です。

当時は軟式野球部に所属し、オール気仙(KWBボールの選抜チーム)で東北大会準優勝を果たしています。

佐々木朗希選手は1年目の夏からベンチ入り、2年目の秋からエ-スとして県大会に出場

同年6月には侍ジャパンU-18高校日本代表の第1候補30人に選出されていました。

中学時代から優秀な野球選手だったことがよくわかりますね。

引用:週刊ベースボールオンライン



佐々木朗希選手の中学時代のエピソード

中学時代ではすでに身長も160センチを超えており、卒業する時には何と180センチを超えていました。

佐々木朗希選手は身長が3年間で20センチも伸びたことにより、成長痛などの故障をたびたび繰り返していました。

あまりにも故障が多く、野球をやめようかと悩んだこともあったそう。

しかし諦めず地道にトレーニングや体作りを行い、今の佐々木朗希選手の土台を作っていきました。

そんな佐々木選手ですが、出身地や幼少期などはどのような過去があったのでしょうか。

佐々木朗希選手のプロフィール

ここで、佐々木朗希選手のプロフィールを紹介します。

幼少期の頃はどのように育ってきたのでしょうか。

佐々木朗希選手

引用元:週刊ベースボールオンライン

【佐々木朗希(ささきろうき)プロフィール】
生年月日:2001年11月3日(20歳)
身長・体重:190センチ85キロ
投球・打席:右投・右打
出身地:岩手県陸前高田市
佐々木朗希選手の名前の由来は、3歳上の兄が幼少期に夢中になっていた「百獣戦隊ガオレンジャー」に登場する強敵「狼鬼(ろうき)」からついたそうです。
また、佐々木朗希選手は小学校3年生の頃、震災に遭い父と祖父母を亡くしています
そこから母と兄弟3人で暮らしているようです。
小学校3年生の際の震災の経験に加え、高校時代には甲子園に関する大バッシングと悩み多き経験をされている方のようでした。

まとめ

佐々木朗希選手は過去も「令和の怪物」と言われるまでのかなり優秀な成績を収められていましたね。

また、成績のみならず、過去より重たき経験を沢山してこられた選手でもありました。

今後のさらなる活躍応援していきたいですね。

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